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木村さん



今月の人- 一覧 -
05年03月:長江俊和さん
05年02月:中谷彰宏さん
05年01月:泉麻人さん
04年12月:南さん
04年11月:木村和久さん
04年10月:成田勝さん




1959年生まれ。明治学院大学卒業後、コラムニストになる。トレンドウォッチャーの先駆け的存在として80年代から多くの雑誌でコラムを執筆。現在は「SPA!」「月刊宝島」「日経ヘルス」など月35本の連載を抱え、ラジオのパーソナリティーとしても活躍中。著書に「平成ノ歩キ方-時代がよくわかる」(小学館)「キャバクラの歩き方」(扶桑社)など。

80年代はキャンパス文化が花開いた時代。80年に大学に入学した木村さんにとって、そのカルチャーはリアルタイムの出来事だった。「オールナイトフジの女子大生ブームや学園祭のミスコンが盛り上がって女子大生がブランド化したよね。大学は社交の場であり大学生が消費文化の担い手になっていった。それ以前の学生運動などに比べると、大きな転換期だったと思う。だってその前は加山雄三の「若大将シリーズ」のような、お坊ちゃんたちのあり得ないような学生生活に憧れる時代で、その後は「神田川」の世界だったわけでしょう?学生運動も70年安保や75年の成田闘争もあってその流れも残ってはいたけど、現実の学生はディスコブームや青学の学生だったサザンや慶応出身の山下達郎なんかの軽音楽に夢中になっていたわけで、イデオロギーに固執するという時代ではなかったよね。むしろ、エネルギーは文化の方へ向っていたと思う」
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# by eighties_003 | 2004-11-27 00:24

「キャンパスの空洞化・・・とか言われていたけど80年代に入ってキャンパスでの文化は等身大になったんだと思う。実は70年代の後半から学生たちには『イデオロギーよりも文化』という流れはあったんだと思う。鴻上尚史や野田秀樹、村上春樹、村上龍なんかは、いち早くその方向へ向って行った。だから、ボクらよりちょっと上の世代50歳くらいの出版社の人なんかにはイデオロギーの転向者も多いんだよ。東西の冷戦も終わって、もう後ろを振り向かない、文化も前向きなものが良い、そう考える学生が多数派になったんだよね。神田川とか、安保ではなくてね。もちろん80年代の豊かさはアメリカの庇護の下に保証された文化だよ。日本のイデオロギーはなくなっていたから。日本では社会党だって主張が変るし、社会党政権の時の阪神大震災では自衛隊派遣が遅れた。その現実対応力の無さがはっきりわかったしね」
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# by eighties_003 | 2004-11-27 00:24

「今は世界中でイデオロギーの対立なんて必要とされてないよね。アメリカがいるから。20以上もの衛星を打ち上げて、世界中の一人一人の行動だってその気になれば偵察できる。そんな軍事力に何を言っても太刀打ちできないでしょう。日本の左翼だって自民党の暴走を止めるための存在。80年代に比べるとそうした世界の情勢は複雑化しているかもしれない。冷戦は終結したけど、富める国と貧しい国の対立、宗教の対立、EU諸国とアメリカの経済の対立、なども生まれている。日本は経済・文化の面で優れている分野も多いし、これからはどうやってその位置を守っていくのか?は考えていかなきゃね。ボクらの世代で『80年代が良かった』と言う人たちが多いのは、そうした今の世界情勢や政治・文化などの雛形ができた頃に原体験をした、強烈な記憶があるからだと思う。アメリカもそうだけど、日本も大恐慌・戦争・バブル景気などを繰り返してきたんだよ。そういう枠組みは壊れて、また再生して、と言う事を繰り返していくのかもしれないね」
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# by eighties_003 | 2004-11-27 00:23

エネルギッシュな木村さんの原動力は「好奇心」。
自分の好奇心の向く方向へ・・・それは学生時代から今に至るまで変らない。
「今、抱えている連載は月に30本。それにラジオのレギュラーも毎週。いつもそうだったし、今もそうだけど自分が好奇心を持てるテーマをずっとやってきた。キャバクラもゴルフも車も健康も自分が好きだから。80年代はそれまでのターミナル文化から246や第三京浜などのストリート文化に変ってきた時代なんだよね。70年代は新宿や渋谷、銀座などのターミナル中心に回っていたから。80年代の文化は作られた部分も多いと思う。いつも好奇心の向く方向へ走っていた人間たちがいて、文化を作ったんだろうね。彼らが動けばスポンサーも金があってついて来たし、実現したんだよ。信じればプラスに動いた時代だね。自分も含めてこの世代はポジティブに夢を持つことを知っているし、十分にオイシイ思いもした。今、彼らが社会の中枢になって『夢をもう一度』と思うのは当たり前なんだ
よね」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:29

車に関する連載も多く手がけている木村さん。
今、乗っているのはベンツで、走行距離は年間2万キロ。
「最初に乗った車はゴルフ。これは80年の半ばに廃車になって、その後はジェミニ、シトロエン、BMW、ベンツ。ゴルフ行ったりで2万キロ走るからどうしても、そのへんから選ぶようになる。今はみんな車に情熱はないよね。今、日本人の『乗りたい車』のNO1はフィット。フェラーリに乗りたい!とかじゃないんだよ。売れているのはエルグランドみたいな実用性重視の車か、小型車。80年代は、BMWの318とか320。赤いファミリアの次は、プレリュード、セリカ・・・。今は車を持つことより、携帯を持つことが優先でしょ?車が夢、という時代はあったかもしれないけど、今の若い子たちは現実的な夢を抱けない。『夢ってナニ?』って聞き返されるよ。携帯に金がかかるせいもあるけど、スキーとかスノボにも行かない。金もないし、一日かけて遊ぶ体力もないから、日帰りで行ける大江戸温泉とかで遊ぶしかない」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:29

「80年代には影響力のある大部数の雑誌というのが、まだあったんだよね。『ポパイ』『ホットドッグ』『GORO』とか何十万部の雑誌があったけど、我々が読まなくなると90年代に入って『日経トレンディ』や『DIME』に変わった。外側が変わっただけで、実は構造的にはあまり変っていないんだと思う。今は鉄道とか猫とかの細かい趣味のモノや、マンガ以外売れないし、若い男はあまり雑誌を読まないよね。テレビもとんねるずやオールナイターズが出てきて、大きな枠組みはあの時代にできたんだと思う。

アーバンリーグができて、大学生がスポンサーつけてパーティをやり始めたのも80年代。その頃、広告研究会にいた学生がその後『宣伝会議』主催のコピーライター養成講座に通ったり代理店に入って、今はクリエイターを教えたりしている。カラオケ・ディスコ・ファッション・風俗、遊びや文化のソフトが広がって、今の遊びのベースになっていると思いますね」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:29

「ボクが大学に入学したのが1980年。田中康夫の『なんとなくクリスタル』がでた年で、ラジカセで大滝詠一の『ロングバケーション』を聴いて。80年代の文化や『東京エイティーズ』はど真ん中の世代です。新島も与論島も行ってナンパもしたし、ファーラーのパンツはいて偽サーファーもやったしね。六本木が一般人に開放されたのも80年頃から。それまでは大使館関係者とか『六本木野獣会』みたいな一部の芸能人だけが遊ぶ街だったからね。80年代の消費文化の先鋭だったのは、ボクら40代だったと思うし、今の文化の大きな枠組みができたのも80年代だったと思う。おいしい思いもしたし、夢を持ってポジティブに生きることも知っている。自分が信じればプラスに動くはず、ってね。若い子達は『景気いいってどういうこと?』って、その感覚知らないでしょ?でも今、その40代が社会の中枢になってきて、もうちょっとがんばろう!ってムードになっている。失われた90年代よりは、時代は良くなっていると思いますよ」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:28

「ボクは80年代の負の遺産はないと思っている。100箇所あったゴルフ場の90が倒産してしまったり、ダイエー・西武があんな風になった事、年金の事は全てバブルのツケが回っているわけで80年代の遺産ではないよね。だから年金にしてもこういうシステムを一度ぶっ壊して、新しく組み立てて欲しいと思ってるし、それをできるのは今の40代なんじゃないか?と思う。
ボクらは一度プチ崩壊を経験している。それで崩壊したままの人もいるけど、いちど逆境に揉まれた人間は強いよ。そういう意味では、全共闘の上の世代は戦争を生き抜いているからもっと強い。バブル崩壊なんて戦争に比べたらそれほどの逆境ではない。今の40代は、80年代に経験した美味しい思いも、プチ崩壊の経験も、すべて戦う力にしてきたんだと思う。経済も今少しずつ上向いているし、最後のひとふんばりと、がんばって行かなきゃね」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:28

「80年代にラジカセで大瀧詠一を聴いて新島に行って・・・今はみんなでそういうブームに乗る事はないね。スキー・スノボは全滅だし。スキーはね、大学生のときマージャンで勝った事があって、それでダウンを買って、スキーツアーにも行ったけど、スキー板は買わなかった。あ、当時、出始めだった留守電も買ったな。でもスキー板はそのうち金ができれば買えるし、その時でいいか、と思っていた。でも女の子はそういう時、我慢しないで買うでしょ?そのためには少々の無理だってするかもしれない。今なら雑誌に載っているバッグを、ヒルトン姉妹が持っているからって何としてでも買おうとする。女の子はあきらめないよね。
今は負け組・勝ち組ですべてをくくっちゃうようなところがあって、男は自分がどっちなのかわかっているけど、女はわからない。18歳で『自分は負け組み』と思っている女はいないわけで、がんばっちゃうんだよ。男は飛び道具がないでしょ。ホストにでもなるしかないわけだから」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:27

「フリーなので、自分が美味しい思いをしたのは、景気の良し悪しにあまり関係なかったね。1回50万円のギャラで講演を頼まれて10回同じことをしゃべってくれって言う事があって、2年やって1000万。7回くらいしゃべってさすがに飽きたんで、別の話にしたけど。ああ、これがバブルと言うものか・・って感じたことはいろいろあった。ボクはね、お金って尊いものだと思う。お金があれば人生の8~9割りの事がカバーできるわけで、男女の恋愛もお金で買える。今の若い子はそれを10代のときからわかっているよね。金がすべての源になってるって事。でも女性の収入は高くないし、雑誌には欲しいモノがいっぱい載っている。コンビニの時給が3000円だったら若い女の子はもっとラクになるだろうね。でも、女の子はこっちがその尊いお金で買ったカバンを受け取ることには抵抗がないんだよ~。ただ、お金でいろんな事ができる、っていう考え方は今の方が正しいような気がする」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:27

「書く仕事は学生の頃から。明学でキャンパスマガジンの編集をやっていて、その頃の友人は、今でも飲み仲間です。同じ時期に同じような活動をしていた神足裕司、西川りゅうじん、中谷彰宏とかのメンバーはみんな、その頃からの知り合いだったんですよ。大学2年のときには一色伸幸(映画監督)と、8ミリの自主映画制作なんかもした。彼の場合は本格的で、当時のフィルムに主演していたのは、今は亡き古尾谷雅人。彼はその後「私をスキーにつれてって」でブレイクして一時代を作った。精神科医の和田秀樹は東大のアイドルプロデュース研究会で、そこから出たのが武田久美子。彼はその後、アメリカ医者をしていたけど、たまに会って飲んだりするから、もう25年のつきあい。ボク自身はコラムニストになって初めて『儲かったな』と思ったのは平成になってからかな。ギャラも上がって講演会も増えて。この職種はあまり、世の中の景気には影響受けないのかもしれない」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:27

「最後にもう一回がんばろう、って人もいる一方で今、会社の進める早期退職制度使って45歳でリタイヤする人もいるね。ボクの知り合いでも10年前まで芝浦の『GOLD』で遊んでいたのに、今、田舎の旅館の女将さんになっているのもいる。違う人生を歩いてみたいというのもあるんだろうね。いい大学、いい企業というのに疲れることもある。でもボクは今のしがらみを捨てられない。沖縄に移住したりしたらキャバクラのオネエチャンも悲しむだろうし。みんな自分をごまかしながら生きているわけで、ごまかしきった人が生き残れるんだよね。でも、精神的にも経済的にもきしみがやってくることもある。そんな時は外に向ってエネルギーを出していた方がいいとボクは思う。エネルギーを出し続けることで元気になれると思う。
20代でバブルで楽しい思いして、失敗もあったけどいい経験したボクらの世代が、これからどんな風に年を取っていくのか、は楽しみだし、興味があるね」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:26

「ヒルトン姉妹と同じバッグかもっと高い物なのかランクの違いはあるけど、女はそういうものを全て我慢したら生きていけないしね。女はまず、女と闘わなくちゃならない。タイヘンだと思うよ。森高千里の『私がオバサンになっても』って歌があるけど、女の人の青春は18~35才くらいまでなのかな?それを過ぎると青春しづらい。だから過ぎた時間に対する思い入れは男より女の方が強いかもね。でも、ボクらの世代はこのまま走り続けるしかないんだよ。だって、ボクは自分が引退してペンションのオーナーになっているのは、想像つかないもん。マグロみたいに死ぬまで泳ぎ続けるしかない。止まったら死んじゃうからね。そうやって戦い続ける力をつちかってきたと思う。いろんな意味で不平等な世の中だし、夢を持ちにくいかもしれないけど、若い世代にも起業ブームとかある。そういうすき間のチャンスを狙ってね、成功した40代の生き方を見てがんばって欲しいと思う」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:26

「あのね、今つき合っているオネエちゃんはボクが学生の頃の女の子と比べると格段にカワイイんだよね。『キャバクラ』という言葉は85年の流行語大賞の部門賞。それまで銀座のクラブで客によって料金が違うっていう状況から、明朗会計でサラリーマンでも安心して行けるようになったわけです。今ね、渋谷の街を歩いているカワイイ子で、キャバクラのスカウトに声かけられて体験入店・・・そんな子は8割位はいると思う。芸能人にもね。国が栄えても、女の子が接客する商売は変らない。ボクらの世代はね、今、テレビ朝日でやっているドラマ『黒革の手帳』に出てくるイヤしいオヤジ、ああいう風にキャバクラ行って女の子とイチャイチャしたいと思っているわけ。でもそんな事できるのはごく一部。実際は子どもの養育費とかの現実の中でふんばっているんだけど、そんな中でも、人生を謳歌したいとか、精いっぱい遊びたい40男のためのモノを書きたいと思っている」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:25

「今ボクらで勝手に言ってるのが『40代男 六本木天動説』。六本木はオレたち40代を中心に回っているじゃないかって。かつてスクエアビルは全部ディスコだった。『ネペンタ』とか『ギゼ』とか、その頃本当に良く遊んでたのが、この世代。今、スクエアビルのほとんどがキャバクラなんだよ。ボクにとってのキャバクラはオネエちゃんを口説く場だし、取材の場でもあるんだけど。キャバクラでは知り合いにもよく会うし。だから、今も六本木はボクらの世代を中心にして回っていて、ジジイになってもそれなりの店ができるんじゃないかと思う。みんな人生を謳歌して、自分なりの遊び方を楽しんでいる。女の子は可愛くなったよね。化粧も上手いし、整形に対しても抵抗ないし自分を可愛く見せる方法をよく知ってる。お金の持つ意味や大切さもわかっているしね。ボクはいつも自分の好奇心を最優先にして、それはこれからも全然、変らないですよ」
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# by eighties_003 | 2004-10-28 20:25

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